秋田家庭裁判所 昭和60年(家)993号 審判 1988年1月12日
申立人 横田太郎 外1名
相手方 横田良治 外1名
参加人 横田正治 外2名
主文
一 相手方横田久夫は今後とも自分の住居に申立人らを同居させたうえ、必要な食事を提供する等して申立人らを扶養せよ。
二 申立人らそれぞれに対し、
相手方横田良治は毎月1万円(合計2万円)
参加人横田弘治は毎月5、000円(合計1万円)
参加人横田健治は毎月1、500円(合計3、000円)
参加人田辺ミサコは毎月1、000円(合計2、000円)
を、昭和63年1月以降毎月末日限り支払え。
理由
一 申立ての趣旨
申立人らは現住居において三男である相手方横田久夫と同居し、これと申立人らが受給する国民年金により一応の生活はできる。しかし、身辺の諸費用を賄うには不足するので、相手方横田良治に月10万円相手方久夫以外の子らに合計月2万円合わせて月12万円の扶養料の支払いを求める。
二 当裁判所の判断
(一) 家庭裁判所調査官作成の各調査報告書、申立人横田太郎、相手方横田久夫、横田大吉の各審問の結果及びそのほか本件記録や関連する昭和59年(家イ)第345号、第380号事件記録に含まれる資料に基づく事実認定及びこれに基づく若干の法律判断は次のとおりである。
1 申立人太郎及び同テルコは昭和10年1月10日婚姻し、両者間には7人の子すなわち長男横山良治(相手方)、二男横田弘治(参加人)、三男横田久夫(相手方)、四男横田健治(参加人)、長女田辺ミサコ(参加人)、二女佐田和子、三女石田三枝がいる。
申立人太郎は昭和25年ころ○○市内に店舗を構えて鮮魚店を営業するようになったが昭和42~43年ころ店舗を手離して料理店などに魚介類を持込んで販売するようになり、昭和45~46年ころ自分で経営するのをやめ、以後他人の経営する鮮魚店の手伝いをして現在に至っている。
申立人らは現住居で生活してきたところ、長男良治、二男弘治が家を出たため三男久夫が昭和48年ころ以降申立人らと同居するようになった。昭和60年9月15日久夫夫婦は申立人夫婦と不和となり、近くに家を借りて別居したが、昭和61年3月30日久夫夫婦が戻ってきて同居を再開し、現在に至っている。
2 申立人らの生活状況
(1) 昭和61年11月相手方久夫が現住居を大幅に増改築し、申立人ら専用の寝室をつくったほか、座敷、応接間なども自由に使用できるようにしたので、申立人らは居住状況については不満はない。また3度の食事は久夫の妻美代子がつくって無償で提供しており、衣料品は持ち合わせの物で間に合わせることができるので、申立人らの衣食住は一応確保されている。
(2) 申立人らの収入……………月5万円
申立人らは国民年金を受給しているところ、その昭和62年度の金額は申立人太郎が年額37万4,400円、申立人テルコが年額21万5,000円であるからこの合計は年額58万9,400円となり、月額4万9,116円(これを5万円と考える)となる。
なお、申立人太郎は現在鮮魚店の手伝いをして月3万円の収入を得ているけれども、老齢に加え神経痛の持病もあり遠からず稼働困難となるものと考えられるから、この収入は扶養料算定の際考慮に入れないこととする。申立人テルコも老齢に加え神経痛等の持病があり稼働能力はない。
(3) 申立人らの支出……………月100,000円
内訳
ア 健康維持のための支出(月額)………13,850円
(申立人太郎)
(ア) 週2回○○整形外科に通院(膝関節神経痛の治療)800円
(イ) 公衆浴場代(220円×25)5,500円
(家庭内の風呂より体全体が温まり、膝にもよいためほとんど毎日行く)
(申立人テルコ)
(ウ) ○○胃腸病院へ胃かいよう治療のため月2回通院(バス代を含む)1,800円
(エ) ○○整形外科へ神経痛治療のため週2回通院800円
(オ) 公衆浴場代(220円×15)3,300円
(申立人太郎と同じ理由により2日に1度位行く)
牛乳代(55円×30)1,650円
(毎日1本を飲む)
イ しこう品代(月額)……………34,000円
(ア) たばこ代(360円×30)10,800円
(申立人太郎はキャビンを1日30本吸う)
(イ)ぶどう酒(1,400円×3)4,200円
(申立人らで月3本飲む)
(ウ)茶代(せん茶、ほうじ茶月各2本)4,000円
(エ)菓子、果物(500円×30)15,000円
ウ 孫への小遣い(月額)……………15,000円
(申立人らは相手方久夫の子に小遣いを与えるのが大きな楽しみであるといい、
智弘へ月10,000円~3,000円
圭子へ月2,000円
友子へ毎日300円~100円を与えている)
エ 交際費(月額)……………25,000円
(申立人太郎はこれまで世話になった知人や親戚縁者との交際、慶弔などのため月25,000円程度の支出をしている)
オ 申立人らは、相手方久夫が食費は勿論、水道、ガス、電気、TV、電話などの料金をすべて負担しているのでこれらの費用は出捐しなくてもよいが、ア~エの合計である月87,850円の支出のほかにも多少の諸経費を支払う必要があり、鮮魚店の手伝い収入や預貯金の払戻しなどにより、平均すると月10万円を支出している。
3 子らの生活状況及び本件申立てに対する意向
(1) 参加人良治
良治は○○市役所課長の職にあり、妻康子との間に2人の子がある。妻康子は長年○○市立学校事務職員として勤務していたが、昭和62年3月退職し、長男(22歳)は○○市役所臨時職員、二男は15歳であり、妻康子の母が同居している。
良治は月収手取り約30万円であり(本俸33万円、諸手当がつき約40万円になるが、税金や共済金等を控除されると手取りは約30万円となる)、昭和46年に取得した持家の住宅ローンの返済は月1万円程度であり、妻康子の母は年金を受給している。
本件申立てについて、良治は申立人らが久夫と同居し、国民年金も支給されて不自由なく生活しているので子らが扶養料を支払う必要はない旨表明している。
(2) 参加人弘治
弘治は設計会社の課長の職にあり、妻高子との間に2人の子がある。妻高子は専業主婦であって収入がなく、長男は17歳、長女は14歳である。弘治の月収は手取り約35万円であり、持家はあるが住宅ローンの返済として毎月2万5、000円、ボーナス時35万円を支払う必要がある。
(3) 相手方久夫
久夫は妻美代子との間に3人の子があり、長男は17歳、長女は13歳、二女は8歳である。久夫は昭和58年から税理士を開業し、年収約435万円(月収約36万円)であり、妻美代子は久夫の経営する税理士事務所に勤務し、月収20万円を得ている。
本件申立てについて、久夫は、(ア)申立人らに現住居から出て別居して貰うことが第一の要望であり、この場合申立人らの生活費は子らが分担する。(イ)もし申立人らが自分と同居するなら住居費、食費、光熱費などは不要であり、身辺の諸費用は国民年金で賄えるはずであるから良治らに対する扶養料の請求はしないで貰いたい、旨表明している。
(4) 参加人健治
健治は妻ちか子との間に2人の子があり、長男は17歳、長女は15歳である。健治は久夫の経営する税理士事務所の事務員をするかたわら保険代理店を営業し、合計して月25万円程度の収入を得ており、また妻ちか子はパートタイマーとして月約7万円の収入がある。
(5) 参加人ミサコ
ミサコは夫田辺勝夫との間に2人の子があり、長女は15歳、二女は13歳である。夫勝夫は○○県立医療機関の薬局長として勤務し、月収30万円を得ており、またミサコは労働組合書記局に勤務し月収4万5,000円を得ている。
(6) 佐田和子
和子は夫佐田正道との間に長男2歳がいる。夫正道は工員をして月収16万円を得ており、和子は専業主婦であって収入はない。
(7) 石田三枝
三枝は夫石田好夫との間に子はいない。夫好夫は国会議員の地元秘書をして月収17万円を得ており、三枝は専業主婦であって収入はない。
4 申立人太郎と子らの不和
申立人太郎の7人の子のうち高卒以降同人の許を離れて生活し殆ど交際のない弘治以外の6人の子は、太郎は性格が激しく頑固で協調性に乏しく、また独善的、自己中心的であって非常識な言動をするなどと言って太郎に対し嫌悪感、不信感を抱いており、積極的に味方をする子は1人もいない。
他方太郎は7人の子を苦労して育てたのにそろいもそろって親不孝者であると言い、同居している久夫や妻美代子の態度が悪いと常日ごろ非難し、あるいは良治の勤務する○○市役所に赴き「良治と嫁の康子は親不孝者であるから市役所や学校を辞めさせる方がよい」と悪口を言ったり、あるいはミサコ、和子、三枝の夫の実家へ行き「あなたのところの嫁は親不孝者である」と告げ口をしたりしたこともある。
このような太郎と子らの不和は、太郎が過大な家父長的意識を持ち、子が自分の意に添わないと子の悪口を外部に広言して歩くなど過激な行動をとることに相当程度起因するものとみられるので、この不和の責任は相当程度太郎にあるものといわざるをえない。
5 申立人らの居住する土地建物の所有権の帰属
申立人らは相手方久夫と○○市○○○○町×××番地(ただし、登記簿上の表示)所在の土地建物(以下「本件土地建物」という)に同居しているところ、本件土地建物について昭和47年2月22日売買を原因として昭和47年3月4日受付により申立人太郎から同人の実弟横田大吉に所有権移転登記が経由され、次いで昭和48年8月31日売買を原因として昭和52年2月12日受付により横田大吉から相手方久夫に対し所有権移転登記が経由されている。
しかして、申立人太郎は上記の所有権移転登記は大吉と久夫が勝手にやったものであるから無効であり、本件土地建物の所有権は現在も自分にあると供述するけれども、申立人太郎は昭和47年ころ大木一太郎からの借金を返済できず、本件土地建物を競売されそうになったため、当時国鉄を退職して退職金二百数十万円を手にしていた横田大吉に頼んで160万円位で買って貰い(このとき将来相手方久夫が買い戻す約束ができた)、この金で太郎は大木に借金を返済し、昭和48年になって相手方久夫が農協を退職して貰った退職金で横田大吉から本件土地建物を買戻したものであり、したがって、本件土地建物の所有権は現在相手方久夫にある(本件土地建物の所有権の帰属を明確にすることが申立人太郎と相手方久夫の紛争を鎮静化するのに役立つと思われるので本審判において本件土地建物の所有権の帰属についても認定した)。
(二) 考察
上記(一)の事実認定及び法律判断を基礎として考察する。
1 申立人らは現在相手方久夫と同居し、申立人太郎の自己主張の言動も年々緩和してきていること及び久夫の子らと申立人らがよく親和し、これが申立人らの生きがいの一つとなっていることなどからすると、相手方久夫が今後とも申立人らを現住居に引取って扶養していくのが相当である。
2 申立人らは相手方久夫と同居し食事等を無料で提供して貰ったうえで月10万円の生活費を支出しているところ、この金額の支出により維持されている生活水準は格別ぜいたくなものとは認め難いから子らの負担すべき扶養料を10万円から国民年金5万円を控除した残額である5万円とするのも一つの考え方であるといえる。
3 しかしながら、参加人弘治を除く6人の子がすべて申立人太郎を嫌悪し、積極的に味方をする子が1人もおらず、このような親子の不和を形成したについて申立人太郎に相当程度帰責原因があると認めざるをえない状況下において5万円の扶養料の支払義務を負担させることは、子らに対し酷であるといわざるをえず、したがって、申立人らは信義則上、扶養料をある程度制限されることを受忍しなければならないというべきである。
4 以上の観点に加え、申立人らは現在相手方久夫と同居し食事等を無償で提供して貰い、これらの給付や国民年金の受給のみによっても一応の生活は維持できると認められることや扶養される以上交際費はある程度切り詰めるべきであることをあわせ考えると、久夫以外の子らが負担すべき扶養料を月3万5,000円とし、佐田和子と石田三枝は扶養料支払能力がないと認められるので扶養料を負担させないこととし(したがって、この2人に対しては本件について参加を命じなかった)、3万5,000円を扶養料支払能力に応じて相手方良治が2万円、参加人弘治が1万円、参加人健治が3,000円、参加人ミサコが2,000円ずつ負担すべきものとし、その支払いの始期及び毎月の支払期日を本審判の日を含む月である昭和63年1月以降毎月末日限りと定めるのが相当である(なお、本審判の定める扶養の態様や扶養料の額は申立人らの生活状況が現時点とあまり異ならない限りにおいてのみ妥当性を有するものであるから、将来申立人らが病気等により長期的に入院したり、他人の介助を必要とするようになるなど申立人らの生活状況に大幅な事情の変更を生じたときは妥当性を欠くことになるので、そのときは当事者間の協議または家庭裁判所の調停、審判により変更されうるものであることを付記しておく)。
よって家事審判法9条1項乙類8号、民法877条1項により主文のとおり審判する。
(家事審判官 三浦宏一)